「脳内サイドFIRE」パート主婦。夫は手帳持ちの大黒柱。〜凸凹家族の生活設計〜

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「いくらあれば安心?」に答えが出なかった私が考えたこと|サイドFIREという選択

資産運用を始めると、一度は考えると思います。

「あといくらあれば、安心できるんだろう?」

ネットや本を見れば、「○○万円でFIRE」など、さまざまな目安が出てきます。それを見て「じゃあそこを目指そう」と思う一方で、なんとなくしっくりこない感覚もありました。

本当にその金額があれば、安心できるのか。逆に、そこに届かなければ不安なままなのか。

ずっと考えていましたが、正直なところ、明確な答えは出ませんでした。


「いくらあれば安心か」は、人によって違いすぎる

当たり前といえば当たり前ですが、改めて感じたのは、安心できる金額は人によって全く違うということです。

生活費の水準、家族構成、住んでいる場所、働き方。さらに言えば、性格や不安の感じ方でも大きく変わります。同じ資産額でも「これだけあれば十分」と思える人もいれば、「まだ足りない」と感じる人もいる。つまり「この金額が正解」というラインは、もともと存在しないんですよね。

特にわが家の場合、特性を持つ子と夫を抱えています。障害者手帳による公的扶助という「守り」がある一方で、将来の環境調整やサポートにかかる「予測不能な支出」というリスクも抱えています。

世間の「平均的な4人家族」のシミュレーションに、わが家を当てはめること自体が、そもそも無理がありました。


数字を追うほど、安心から遠ざかる感覚

以前の私は、「安心=金額」だと思っていました。

あと○○万円増えたら安心できるはず。もう少し増えたら、今度こそ不安はなくなるはず。

そう思って仕事と貯金を頑張っていましたが、不思議なことに、目標に近づいても「完全に安心した」とは感じられませんでした。むしろ「もっと必要かもしれない」「将来のリスクを考えたら足りないかもしれない」と、次の不安が出てくる。

数字だけで安心を作ろうとすると、終わりが見えなくなるんですよね…。これはなかなかキツい沼でした。


わが家が選んだのは「調整できる状態」

そんな中で、少し考え方が変わりました。

「いくらあれば安心か」を考えるのをやめて、「どういう状態なら安心して暮らせるか」を考えるようになったんです。

わが家の場合は、生活費のベースはある程度まかなえる、急な出費にも対応できる余裕がある、状況に応じて働き方を調整できる。この3つが揃っていれば「大丈夫」と思えると気づきました。


サイドFIREは「未完成でも成立する」

その延長で選んだのが、今のサイドFIREに近い形です。

資産だけで完全に生活するのではなく、必要に応じて働くことも前提にする。一見すると中途半端に見えるかもしれませんが、私にとってはこの「調整できる状態」が、一番安心感につながっています。

生活費が増えたら働く時間を少し増やす、支出が膨らんだら贅沢費を見直す。

状況に応じて柔軟に動ける余地を残しておくだけで、「足りなくなったらどうしよう」という不安はかなり小さくなりました。

完璧なFIREじゃなくていい。わが家みたいにカオスな日常を抱えていたら、そもそも「完璧」なんて最初から幻想だったわけで。笑


安心は「固定された数字」ではなく「動かせる余白」

資産額をひとつのゴールとして設定する方法も、もちろん合理的だと思います。

でも私の場合は、安心は固定された数字ではなく、動かせる余白から生まれると感じるようになりました。

働く時間を調整できる、支出をコントロールできる、現金クッションがある。こうした「選択肢がある状態」の方が、数字そのものよりもずっと安心感がありました。


答えが出なかったこと自体が、ヒントだった

「いくらあれば安心か」という問いに、はっきりした答えは出ませんでした。

でも、それはネガティブなことではなくて。そもそもこの問い自体が、ひとつの数字で答えられるものではなかった、ということに気づけたのは大きかったと思っています。

資産運用の目的は数字を増やすことではなく、安心して生活できる状態を作ること。そう考えると、「いくら」よりも「どういう状態か」を整える方が、私にはずっと納得感のある答えでした。

みなさんにとっての「安心できる状態」は、どんな形でしょうか?